主要学会最前線リポート 「第20回日本再生医療学会リポート」

今⽉は学会のリポートとして、この3 ⽉に開催された第20回⽇本再⽣医療学会総会の様⼦をお届けします。

学会では何をするの?

さて、「学会」と聞いてどんなことを思い浮かべますか? よく分からないけど⼤学教授など
の研究者が集まって難しい話をするというイメージでしょうか?
学会では、その分野の研究を⾏っている⼤学や研究所,企業などの⼈が集まって、主に研究
成果の発表や、著名な先⽣による講演などが⾏われます。実は研究者に限らず、参加費を払
えば⼀般の⼈でも参加することができますし、再⽣医療学会では無料で参加できる市⺠公
開講座や中⾼⽣のためのセッションも開催されています(今年は新型コロナウイルス感染拡
⼤防⽌のため開催なし)。
例年数千⼈が参加するため、パシフィコ横浜や神⼾コンベンションセンターといった広い
会議場で⾏われますが、今年は新型コロナウイルス感染症の影響で、Web 開催となってい
ます。
今回は20回⽬という節⽬の開催ということで20 周年記念式典も執り⾏われ、⾼円宮妃殿
下が式典会場に来場され祝辞を述べられ、また菅総理もビデオ出演としてお祝いのコメン
トを述べておられました。
学会で発表される内容は多岐に渡りますので、テーマごとに分けられて発表が⾏われます。
今回の再⽣医療学会でも、基礎研究から臨床研究まで100 近くのテーマで多くの発表が⾏
われました。
今回のマナビラボでは、その中から「下肢⾎管再⽣治療の最前線」というテーマで⾏われた
セッションについてリポートします。

「下肢⾎管再⽣治療の最前線」

「下肢⾎管再⽣治療の最前線」と題されたこのセッションでは、下肢虚⾎に対する⾎管再⽣治療の臨床試験について、本機構理事の森下先⽣、協⼒医師の⽥中先⽣をはじめ6名の先⽣から発表が⾏われました。
⾎管再⽣治療には、⾎管の幹細胞を移植する「細胞治療」と、⾎管を作り出す遺伝⼦を注⼊する「遺伝⼦治療」の2つがあります。今回の6題の発表の内、5題が細胞治療、1 題が遺伝⼦治療についての発表でした。

【⾻髄・⾎液から取り出した細胞を使った治療】

細胞治療を⾏う場合、⾎管の幹細胞をどこから採取するかが重要です。⾻の中の⾻髄には⾎液を作り出す血液幹細胞とともに⾎管の幹細胞もいることが分かっています。そこで、⽇本医科⼤学の⾼⽊元先⽣は⾻髄から取り出した細胞を使った臨床試験を⾏い、その治療結果について発表されました。重症下肢虚⾎患者さんの⾻髄から取り出した細胞を下肢に注⼊移植することで、移植後4 週後には痛みや⾎流の改善が⾒られ、この治療を46症例⾏った結果、移植3年後の段階で80%の患者さんが下肢切断を回避できています。

ただし、⾻髄を採取するためには全⾝⿇酔を⾏う必要があり、重症下肢虚⾎を患っている患者さんには⼤きな負担となります。そこで、神⼾医療産業都市推進機構の川本篤彦先⽣は、⾎管幹細胞を⾻髄から⾎液中に動員できる特殊な因⼦を使って、⾻髄ではなく患者様の⾎液から⾎管幹細胞を取り出して治療に⽤いています。同じように細胞を下肢に注⼊移植することで潰瘍が改善し、移植1 年後の段階で、閉塞性動脈硬化症(ASO)では73%、バージャー病では92%の患者さんが下肢切断を回避できています。

このように⾻髄や⾎液中から取り出した幹細胞を移植することで、重症下肢虚⾎の症状の改善が⾒られていますが、移植を⾏うにはかなりの量の細胞が必要です。下肢虚⾎の患者様の中には糖尿病などの基礎疾患を持っている⽅も多く、実はそのような基礎疾患では⾎管幹細胞の量も少ないことが分かっています。
そこで当機構の協⼒医師でもあります順天堂⼤学の⽥中⾥佳先⽣は、⾎液から取り出した⾎管幹細胞を増やすことのできる特殊な培養と、そうやって得られた細胞を使った治療について発表されました。糖尿病や⾼⾎圧、脂質異常などの基礎疾患を持つ患者さんにこの治療を⾏った結果、⾎流、痛み、歩⾏が改善し、治療を⾏った10名の患者さん全員が下肢切断を回避できています。

【脂肪組織から取り出した細胞を使った治療】

ここまでの発表では、⾻髄や⾎液から取り出した細胞を使っていましたが、残りの2つの発表では、脂肪組織から取り出した細胞を使って治療に使っています。実は脂肪組織の中には「脂肪幹細胞」と呼ばれる幹細胞がいます。この脂肪幹細胞は、脂肪細胞はもちろん、⾎管や⾻、軟⾻などの細胞にも分化することができます。脂肪組織の採取は⾻髄の採取に⽐べると体への負担が⼩さく、治療のための細胞の元として期待されています。

名古屋⼤学の清⽔優樹先⽣は、患者さん⾃⾝の脂肪組織を採取して、その中から脂肪幹細胞を取り出して下肢に注⼊移植を⾏いました。その結果、痛み、潰瘍、歩⾏が改善され、治療を⾏った29例の患者さんの内、移植6ヶ⽉後の段階で90%以上の患者さんが下肢切断を回避できています。

このように脂肪幹細胞も重症下肢虚⾎の細胞治療に有⽤ですが、脂肪幹細胞は脂肪組織の中にわずかしか含まれていないため、紙コップ1~1.5 杯程度の脂肪組織が必要となり、⾻髄採取に⽐べると負担は⼩さいとはいっても、やはり体に負担がかかります。
⽇本⼤学の松本太郎先⽣は、脂肪細胞から脂肪幹細胞を作り出す特殊な培養⽅法を開発し、そのようにして得た細胞を使って重症下肢虚⾎の治療について発表されました。この培養⽅法により脂肪幹細胞を増やすことができるため、採取する脂肪組織が少量で済み、患者さんの⾝体の負担を減らすことができます。ASO の患者さんにこの細胞を移植した結果、痛みや歩⾏の改善が確認されています。

今回発表されたこれらの細胞治療はまだ保険適⽤とはなっていませんが、現在保険適⽤を⽬指して治験の準備が進められています。早ければ数年後には承認されるかもしれません。

【遺伝⼦治療】

これまでの発表は、患者様から取り出した細胞を使った細胞治療についての発表でした。最後に当機構の理事でもあります⼤阪⼤学の森下⻯⼀先⽣から、慢性動脈閉塞症に対する遺伝⼦治療の発表がありました。
「コラテジェン」という薬の名前を聞いたことがある⽅もいらっしゃるかもしれません。コラテジェンは肝細胞増殖因⼦(HGF)という⾎管新⽣を促進する因⼦の遺伝⼦を組み込んだ遺伝⼦治療薬です。コラテジェンは期限付き・条件付きではありますが、現在のところ保険適⽤となっている唯⼀の慢性動脈閉塞症に対する再⽣医療です。このコラテジェンの開発において⾏われた治験について、森下先⽣から詳しい解説が⾏われました。

以上の6 題についての発表がありました。患者様の症状や体の状態によってどの治療法が適しているかは変わってきますので、今回発表のあった中のどの治療法が⼀番優れているかは⼀概には⾔えませんが、このように多くの研究が進められており、重症下肢虚⾎をはじめとした⾎管病の再⽣医療を普通に受けることができる⽇がすぐそこまで来ていることを、今回の学会発表を聞いて改めて感じました。

今⽉の学び
学会では多くの研究成果についての発表が⾏われます。今回の第20 回再⽣医療学会でも100近くのテーマのセッションが組まれ、再⽣医療の基礎研究から臨床研究まで、多くの成果が発表されました。その中で「下肢⾎管再⽣治療の最前線」のセッションでは、下肢虚⾎に対する⾎管再⽣治療の臨床試験についての発表があり、重症下肢虚⾎に対する再⽣医療の実現がもうすぐそこまで来ていることを実感します。