コラテジェンはなぜ効くの? キーワードから読み解く血管の遺伝子治療のメカニズム
今回のマナビラボも、前回に引き続いて慢性動脈梗塞の新しい治療製品「コラテジェン」について詳しくお話しいたします。
上の図に示しますように、コラテジェンは日本初の遺伝子治療用製品であり、さらに、世界初となる4つの特徴を持っています。
この中で「遺伝子治療」がどのようなものかについてを前回のマナビラボでお話ししました。
さてそのほかの特徴を見てみると、遺伝子治療以上に聞きなれない言葉があります。そう、「HGF実用化製品」と「プラスミド(DNA分子)製品」ですね。今回のマナビラボでは、この2つのキーワードについて見ていきましょう。
前回のマナビラボでは、遺伝子には体を形作るための「設計図」の役割と、生きていくために必要な働きを細胞がするための「仕事マニュアル」の役割があって、そして病気やケガといった緊急時に足りない仕事マニュアルを与える治療が「遺伝子治療」であることをお話しました。
つまり、動脈閉塞症に対する遺伝子治療では、細胞に「新しい血管の作り方」という緊急仕事マニュアルの遺伝子を与えることで、生体に自ら患部に新しい血管を作らせ、血流を回復させます。そして、この新しい血管を作らせるための緊急仕事マニュアルの名前が「HGF」です。
「HGF」は正式名称を「肝細胞増殖因子」という物質で、英語の名称の頭文字を取ってHGFと呼ばれています。HGFは今から約40年前に世界に先駆けて日本(大阪大学)で発見されました。その名の通り、最初は肝臓の細胞の増殖を促進する物質として発見されましたが、その後の研究により、肝臓の再生のみでなく血管新生を含む多くの働きがあることが明らかとなりました。このHGFという物質を細胞に作らせる命令をするのがHGF遺伝子です。
このHGFの血管新生の働きを発見しHGF遺伝子治療の生みの親となったのが、当機構理事の森下竜一先生であり、20年近くかけて実用化に開発に成功したHGF遺伝子治療薬が「コラテジェン」です。
コラテジェンを使った治療では、コラテジェン(HGF遺伝子)を患部の筋肉に注射します。筋肉細胞は通常はHGFを作りませんが、注射されたHGF遺伝子を取り込むことで指令を受け、HGFを産生するようになります。そして産生されたHGFの働きによって、患部に新しい血管が作られるのです。
「プラスミド」は“スーパー派遣社員”
みなさんが風邪などの病気になった時、カプセルに入った薬を飲んだことがあると思います。このカプセル自体は病気を治す効果はありませんが、薬を体の中に運ぶ役割があります。遺伝子治療薬でも同じように遺伝子を運ぶ役割をする「ベクター」という成分が含まれています(ちなみにベクターという名称はラテン語の“運び屋”に由来します)。そのベクターにもいくつか種類がありますが、その中のひとつが「プラスミド」です。
実はこのプラスミドは、これまでは遺伝子治療薬のベクターとしては向かないと考えられていました。なぜかと言うと、このプラスミドに包まれた遺伝子は、私たちの体内では複製(コピー)できないからです。
私たちの細胞は分裂する際に遺伝子も複製し、分裂した2つの細胞ではまったく同じ遺伝子を維持します。ベクターによっては細胞内に取り込まれた後に同様に複製されるため、長期間に渡って治療効果が維持されます。一方でプラスミドに包まれた遺伝子は複製されないため、徐々に体内からは失われてしまいます。元々遺伝子治療は、生まれつき欠損している遺伝子を補う目的で開発されていましたので、長期間維持できることが必要とされており、そのためプラスミドは遺伝子治療には適さないと考えられていました。
でもHGF遺伝子治療のように、血管新生を目的とする治療の場合はどうでしょう? ずっと体内でHGFを作り続けてしまうと、必要以上に血管ができてしまい、体にとっては悪影響です。
そこでプラスミドが注目されました。
必要以上の血管を作らないためには、プラスミドの「徐々に体内から失われる」という性質が適していたのです。こうして、コラテジェンは世界初のプラスミド遺伝子治療薬として開発されました。 しばらく前に“ハケンの品格”というドラマが話題になりました。このドラマでは、会社のピンチに颯爽と現れて仕事をこなし、会社の問題を解決するとまた颯爽と去っていくスーパー派遣社員の活躍が描かれています。体のピンチに必要な遺伝子を提供し、居座ることなく消えていくプラスミドも言わば体にとってのスーパー派遣社員と言えるかもしれませんね。