下肢虚血疾患について

下肢虚血疾患について

順天堂大学医学部形成外科学講座
(血管医学研究推進機構 協力医師)
田中里佳

はじめに

虚血とは、動脈硬化なので動脈の流れが滞り臓器や組織に十分な血流が保てなくなる状態です。四肢の慢性動脈閉塞症の総称を末梢動脈疾患(Peripheral Arterial disease;PAD)と言います。下肢に虚血が生じると、歩行時に痛を感じ、長時間の歩行ができなくなります。また、下肢の虚血状態が悪化すると安静時にも痛みを感じます。重症化すると最終的には組織に十分な血液と栄養が届かなくなり皮膚が死んでしまう状態である「足壊疽」や「足潰瘍」になります。壊疽や潰瘍が悪化すると最終的に下肢の切断に至ってしまいます。下肢切断になると、歩行ができなくなることで生活の質(Quality of Life:QOL)が低下するだけでなく、生命予後まで短縮すると言われています。下肢が切断されるとその後の5年生存率は約30%か、それよりも低いと報告されています。人口全体の0.04%の下肢が切断されている中でその75%の原因は糖尿病や末梢動脈疾患の患者さんです。また、高齢者の約20%にPAD が合併すると報告されています。2030年には3人に1人が高齢者になり、我が国は超高齢者社会となる中、わが国においても末梢動脈疾患(Peripheral Artery Disease)が増加傾向にあります。

末梢動脈疾患とは

末梢動脈疾患は四肢の慢性動脈閉塞症の総称であり、動脈硬化を本態とする閉塞性動脈硬化症(ASO; arteriosclerosis obliterans)と血管炎を本態とするバージャー病や膠原病に起因する血流障害などの疾患を示します。末梢動脈疾患の患者さんに壊疽や潰瘍による足の組織欠損を生じた場合には重症下肢虚血
(CLI:critical lib ischemia)と言われます。PADとCLIに罹患しやすい患者さんには糖尿病、喫煙者、脂質異常症、65氏以上の高齢社が知られています。
糖尿病においては糖尿病でない方に比べて約4倍もCLIになるリスクがあります。糖尿病は傷が治りにくくなる疾患でもあるため、糖尿病にCLIが合併するととても予後が悪くなります。

下肢の末梢動脈疾患に対する治療

PADの主な治療は薬物療法と血行再建術です。薬物療法は血管を拡張し、血管の内皮細胞の機能を改善させる薬や動脈硬化を抑制する薬を使用します。しかし、血管が狭窄(細くなる)や閉塞してしまうと薬物療法だけでは血管を広げることができないため、血管を物理的に広げる血行再建術が行われます。血行再建術には血管内治療とバイパス術があります。これらは循環器内科か血管外科の医師が実施します。CLI となり下肢動脈血流の著名な低下と潰瘍形成が認められると速やかな血行再建が必要となりますが、全身と傷の管理も同時に必要となります。したがって、その治療に関与する診療科である血管外科、循環器内科のみならず、形成外科、糖尿病内科、整形外科、皮膚科などすべての診療科が一丸となってチーム医療を実践しなければなりません。下肢を切断から救う、下肢救済治療においては、多診療科におけるチーム医療が必要不可欠であり、良質な医療を行う上で最も重要な要素であります。

PAD, CLI に対する新しい治療法

薬物療法や血行再建術においても治療に抵抗性な場合においては新たな治療法の開発が望まれています。既存の治療ではできない方法で血流を再建できる新しい治療方法として再生治療が注目されています。我々の体内にも存在する血管の幹細胞を用いた細胞治療や、血管の再生を促す遺伝子治療などがあげられます。さまざまな大学機関で新しい治療が開発さ実際に患者さんに治療が提供できるまでになった施設もあります。順天堂大学においてはCLI の患者さんに対して採血のみでできる低侵襲・高効果である新しい血管・組織再生治療を臨床研究としてご提供しています。

予防とフットケア

下肢の血流が悪い方は、足に傷ができてもなかなか治りません。傷が出来てしまうと最終的に切断になってしまう可能性がありますので、リスクの高い患者さん(糖尿病、高齢者、喫煙者、脂質異常症)においては、フットケアを行うこと
で足に傷が出来ないように予防します。足に傷が出来る主な原因は、陥入爪、胼胝、皮膚の乾燥による亀裂、靴ずれなどです。これらが生じないように適切な処置等によるフットケアを実施することで、虚血の早期発見や傷の発症予防が可能となります。現在、日本フットケア学会は日本フットケア学会指導師、日本下肢救済・足病学会では日本下肢救済・足病学会認定師の育成を行い、より多くの患者様が適切なフットケアを受けられるよう努めています。

病院選びのポイント

PAD, CLI の治療には集学的チーム医療が必要不可欠であります。チーム医療を実践し、下肢救済治療における理解が深い病院にて治療を受けられることをおすすめします。
日本下肢救済・足病学会のホームページに下肢救済治療を積極的に実践している病院のリストがありますので参考までにご参照ください。
http://jlspm.com/network.html

著者プロファイル

dr.nakamura

平成14年3月 東海大学医学部 卒業
  14年5月 医師国家試験合格
  14年5月 東海大学医学部附属病院 外科系 臨床研修医
  16年4月 東海大学大学院 医学部医学研究科
        基盤診療学系再生医療科専攻
  16年4月 東海大学医学部外科学系形成外科 入局
  18年12月 ~19年7月
        米国 ニューヨーク大學 形成外科学教室 留学
  20年3月 東海大学大学院にて医学博士の学位授与
  20年4月 東海大学医学部外科学系形成外科 助教
  22年4月 日本形成外科学会専門医
  23年4月 順天堂大学医学部形成外科学講座 助教
  23年7月 日本レーザー医学会専門医
  24年2月 順天堂大学医学部形成外科学講座 准教授
        順天堂大学医学部形成外科学講座 医局長
  25年8月 日本創傷外科学会専門医
  26年12月 日本再生医療学会認定医
現在に至る

■学会活動:日本フットケア学会理事、日本形成外科学会評議員、日本再生医療学会代議