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山中先生のiPS細胞について。 その1〜発見に至るまでのプロセス

マナビラボでは「再生医療」について紹介してきましたが、みなさんはいつ頃から「再生医療」という言葉を耳にするようになりましたか? おそらく山中教授のiPS細胞発見によるノーベル賞受賞がきっかけではないでしょうか?
「iPS細胞」という名前はみなさん聞いたことがあると思いますが、それではiPS細胞とはどのような細胞でしょうか?マナビラボでは第8回、第9回の2回に分けて、万能細胞とも呼ばれるこのiPS細胞について学んでいきます。

元祖万能細胞・ES細胞

iPS細胞の説明をする前にひとつ知っておいてほしい細胞があります。それは「ES細胞」です。ES細胞は正式名称を「胚性幹細胞」といい、英語の名称の頭文字を取って「ES細胞」と呼ばれます。

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第1回のマナビラボの発生の仕組みで説明しましたように、私たちの体はたったひとつの受精卵からいくつかの段階を経て、血管、皮膚、心臓などそれぞれの臓器や組織が作られます。この時、発生の流れは一方通行で、一度血管になった細胞が、例えば骨や心臓の細胞に変身することはありません。しかし、元々発生はたったひとつの受精卵から始まることを考えますと、受精卵の細胞は体中のどんな細胞にもなれるはずです。この受精卵(正確には受精後に少し分裂が進んだ「初期胚」と呼ばれる状態)から取り出した細胞が「ES細胞」です。この「体中のどんな細胞にもなれる」という性質(生物学的には「多能性」と呼びます)が、「万能細胞」と呼ばれる由来です。また、たったひとつの受精卵から60兆個と言われる私たちの体の細胞が作り出されるように、高い増殖能力を持つこともES細胞の特徴のひとつです。

ES細胞と再生医療

さて、話を再生医療に戻しますと、再生医療を行うにはそのための細胞が必要となります。しかしながら、臓器移植で臓器不足が問題となっているように、再生医療においても細胞不足が問題となっています。そこで注目されたのがES細胞です。ES細胞は、理論的には体中のすべての細胞に変化(分化)できるため、ES細胞を体外でうまく培養することで、必要な細胞を作り出すことができ、細胞不足問題を解決できる可能性があります。そこで、これまでに世界中で研究が行われ、ES細胞から様々な細胞を作り出すことに成功しています。

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しかしながら、例え目的とする細胞を作り出せたとしても、ES細胞を使った再生医療には2つの問題点があります。
①免疫拒絶反応の問題
ES細胞は患者さん自身の細胞ではなく”他人”の細胞であるため、移植した場合に免疫拒絶反応が起こってしまいます。
②倫理・道徳上の問題
ES細胞を作るには、受精卵を壊して細胞を取り出す必要があります。不妊治療の際に使われずに廃棄される予定の受精卵が利用されていますが、それでも生命の元を壊すことを倫理・道徳的に問題視する声もあります。

iPS細胞の誕生

そこで山中教授は、これらの問題を解決するために、受精卵を使わずにES細胞を作れないかと考えました。山中教授が注目したのが、ES細胞に発現する遺伝子です。私たちの細胞は、常に遺伝子の命令を受けることで活動しています。細胞に分裂しろと命令する遺伝子もあれば、お酒を飲んだ時にアルコールを分解しろと命令する遺伝子もあります。発現する遺伝子は細胞によって決まっていて、例えばアルコールの分解を命令する遺伝子は肝臓の細胞のみに発現し、そのため肝細胞だけがアルコールを分解できるのです。
山中教授は、ES細胞の性質に重要と考えられる遺伝子の中から、Oct3/4,Sox2,Klf4,c-Mycという4つの遺伝子(この4つのセットを「山中因子」と呼んでいます)を皮膚の細胞に導入して発現させると、皮膚の細胞がまるでES細胞のような見た目に変化し、さらに詳しく調べると、見た目だけなくES細胞と同じく多能性と高い増殖能力を持っていて、ES細胞と同じく「万能細胞」であることが分かりました。また、皮膚細胞でなくても、体のどんな細胞からも同じように作り出せることも分かっています。この細胞は、人工的に誘導された多能性の幹細胞ということで、「人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells)」、英語の頭文字を取って「iPS細胞」と名付けられました。みなさんの想像通り、iPodやiPhoneで有名なアップル社の製品のように世界中に広まって欲しいとの願いを込めて、最初の”i”を小文字にしたそうです。

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これまでの生物学では、ヒトの発生の流れは一方通行で、巻き戻ることはないと考えられていましたが、たった4つの遺伝子によって細胞を受精直後の状態に戻すことができることは、これまでの常識を覆す大発見でした。その功績が認められて2012年にノーベル医学・生理学賞が授与されたことは、みなさんもご存知の通りです。

iPS細胞と再生医療

iPS細胞は患者さん本人の細胞から作ることができるため、ES細胞で問題となっていた移植の際の免疫拒絶が起こりません。また受精卵を壊すこともありませんので、倫理・道徳面での問題もありません。そのため、iPS細胞を利用した再生医療の実用化が期待されていて、とても多くの研究が行われています。次回のマナビラボでは、iPS細胞を利用した再生医療の開発状況について説明いたします。

今月の学び

私たちの体の大本である受精卵から、様々な細胞に分化できる多能性と高い増殖能力を持つ「ES細胞」呼ばれる万能細胞を作ることができます。体の細胞にたった4つの遺伝子(山中因子)を導入することで人工的に作られた万能細胞が「iPS細胞」であり、ES細胞で問題となっていた免疫拒絶の問題と倫理・道徳面での問題を解決することができるため、再生医療への応用がとても期待されています。