最新研究情報の紹介 脂肪組織由来幹細胞を使った重症虚血肢の再生医療臨床試験について

イモじろう

みなさん久しぶりです。コロナがあってしばらくマナビラボをおやすみしていましたが、新しい研究情報について教えてといった問い合わせや、僕たちアカハライモリの再生力の仕組みについて、基礎研究からヒトへの治療研究は進められているの?といった質問があがり、今回は特別企画けんたろう先生にお話を伺うことになりました。

けんたろう先生

イモじろうくん、久しぶりだね。
今回は緊急企画、患者さんやよい子のみんなから質問があった、新しい研究情報について少しお話するよ。
血管病の再生医療の開発も日々進められていて、その成果が論文として発表されています。今回は、重症虚血肢に対して脂肪組織由来の幹細胞を利用した臨床試験の論文を紹介します。

イモじろう

脂肪で血管病がよくなるの?

詳しく教えてください!

脂肪組織由来の幹細胞を使った重症虚血肢治療

今回は重症虚血肢に対する再生医療として、当機構副理事長の名古屋大学の室原豊明先生のチームが2020年に発表しました、脂肪組織由来の幹細胞を使った臨床試験についての論文を紹介します。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7525513/

論文のタイトルは” Therapeutic angiogenesis using autologous adipose-derived regenerative cells in patients with critical limb ischaemia in Japan: a clinical pilot study” (日本における重症虚血肢患者に対する自己脂肪由来再生細胞による治療的血管新生)です。

これまでマナビラボでは、血管の幹細胞である血管内皮前駆細胞の細胞移植治療や、血管の細胞の増殖を促進する因子であるHGFの遺伝子治療について紹介してきました。一方で今回は脂肪ということに少し疑問を持たれたかもしれません。

脂肪組織には大きく分けると、私たちがイメージするいわゆる”脂肪”である脂肪細胞と、脂肪細胞どうしの間を埋める間質血管細胞群(SVFと略されます)があります。このSVFには血管系の細胞を中心に様々な細胞が含まれていますが、実はこの中には血管や骨の元になる間葉系幹細胞が含まれています。今回紹介する論文では、この脂肪組織由来間葉系前駆細胞(ADRC)を重症虚血肢の患部に移植した臨床試験についての結果を報告しています。

ADRC移植治療の流れ

それではまず、治療の流れを見てみましょう。

脂肪組織由来間葉系前駆細胞(ADRC)の移植治療の流れ(論文の図を一部再構成)

この治療法では、自分自身の脂肪組織を治療に使います。脂肪吸引によって脂肪組織を取り出した後、専用の分離装置で目的の細胞であるADRCを抽出し、その後、患部に筋肉注射することで細胞を移植します。
細胞治療に使う細胞は、培養して増やしてから移植することが多いですが、この治療では培養をせずに脂肪組織から抽出してすぐに移植を行います。そのため、300ミリリットルと比較的多くの脂肪を吸引する必要がありますが、一方で培養にかかる時間(通常、数週間)やコストがかからないこと、また培養に使う試薬の混入や菌の汚染リスクがないといったメリットがあります。

移植を受けた5人全員の状態が改善!

今回の臨床試験では、重症虚血肢の状態としてもっとも重いフォンテイン分類のIV度(潰瘍や壊死を伴う状態)の患者5名に対してADRC移植治療が行われました(下肢虚血4名、上肢虚血1名)。その結果、5名全員に改善効果が見られました。

ADRC移植治療後の臨床転帰(論文の図を一部再構成)

上の図は、治療前後の検査結果です。各検査項目について、治療前(Pre)、治療後1ヶ月(1M)、6ヶ月(6M)の検査結果を患者さんそれぞれを同じ色の点で示しています。ABI(足関節/上腕動脈血圧比)やSPP(皮膚還流圧)では有意な変化は見られませんでしたが、痛み評価や潰瘍のサイズ、6分間の歩行距離、血流に改善効果が見られています。CRPという炎症マーカーについては、移植後に一時的に上がる様子が見られましたが、その後すぐに炎症は収まっています。

ADRC移植治療後の潰瘍の様子(論文の図を一部再構成)

次にそれぞれの患者さんの潰瘍の様子を紹介します。このように潰瘍が改善され、3人の患者さんでは潰瘍が完全に治癒していました。

このようにADRC移植治療によって虚血肢が改善された結果、5人の患者さん全員が四肢切断を回避できています。

なぜ脂肪組織由来の細胞で虚血が改善されるのか?

ADRC移植治療によって虚血肢の状態を改善することができました。この時、移植したADRCが血管細胞に変化して、血管新生が起こったのでしょうか?実は動物実験の結果では、ADRC自身が血管細胞になるわけではないことが分かっています。それではなぜ、脂肪組織から取り出した細胞によって虚血を改善することができたのでしょうか?
その理由について、この研究論文の中では3つのメカニズムが述べられています。

1つ目は血管内皮前駆細胞の動員です。血管細胞の元となるこの細胞は普段は骨の中の骨髄の中にいますが、虚血部位に注入されたADRCは血管内皮細胞を骨髄から呼び寄せる働きがあることが分かりました。

2つ目は、血管を増殖させる因子の正常化です。体内で血管の新生を促進する因子の1つに『血管内皮細胞増殖因子 (VEGF)』があります。正常な状態であればこのVEGFが働いて血管新生が行われるのですが、動脈疾患では変異した異常なVEGFが増え、そのため血管新生が起こりにくいことが知られていました。今回の患者さんたちも平均して50%以上のVEGFが異常を起こしていましたが、ADRC移植後の検査の結果、正常なVEGFの割合が増加していることが分かりました。

そして3つ目は、潰瘍部位での炎症の抑制です。私たちの体を守る免疫細胞のひとつにマクロファージがあります。細菌やウイルスが体内に入り込んだ際には、マクロファージが活性化して炎症を起こして殺菌する働きがありますが、虚血部分においても同様に炎症を起こしてしまい、そのことで潰瘍や褥瘡が悪化してしまうことが知られていました。今回の研究では、ADRCはこの活性化したマクロファージを鎮めることでき、その結果、潰瘍を改善することができたと考えられています。

このように、脂肪組織由来のARDCは自分自身が血管細胞になるのではなく、血管内皮細胞を呼び寄せたり、体内や患部の状態を整えることで血管新生を促進し、虚血肢を治癒することができるのです。

今月の学び

けんたろう先生

実は、今回の臨床試験に参加された患者さんたちはほかに治療法がなく、患部の切断が計画されていました。ところがADRC移植治療後は全員に改善が見られ、切断を回避することができています。

イモじろう

そんな重症な状態を改善できるなんて、再生医療ってすごいね!今回は臨床試験だけど、いつ頃一般的に治療を受けれるようになるの?

けんたろう先生

厚生労働省から保険診療として承認されるためにはまだ数年以上かかりますが、これまでの治療法では治すことのできない重症虚血肢患者さんのためにも一日も早く治療が行えるようになることを願っています。