血管内皮前駆細胞の発見から~再生医学を応用した血管の予防医学を探求する(後編)

前回に続いて、当機構理事長の浅原孝之先生のインタビューをお届けします。今回は血管内皮前駆細胞(EPC)を利用した今後の医療の展開や、血管医療のビジョンについてのお話を伺いました。

血管内皮前駆細胞の発見から~再生医学を応用した血管の予防医学を探求する(前編)

浅原先生プロフィール

理事長 浅原 孝之 (東海大学医学部 再生医療科学教授)

略歴
1984年:東京医科大学医学部卒業
1999年:東京医科大学医学部博士課程修了
2000年:東海大学医学部 総合医学研究所 助教授
2002年:東海大学医学部 基盤診療学系 再生医療科学 教授
2003年:先端医療センター 再生医療研究部 部長
2005年:先端医療センター 血管再生研究グループグループリーダー

主な研究分野
血管再生治療、血管新生、VEGFの血管新生に対する作用、Angiopoietin-1,-2の血管新生に対する作用、Ephrin,Ephの血管新生に対する作用、糖尿病と血管新生、老化と血管新生、高脂血症と血管新生

血管内皮前駆細胞を用いた医療の展望

岡村

さて、ここまで浅原先生のこれまでの研究について伺ってきましたが、ここからは血管医療の今後の展望についてお伺いしたいと思います。
まず、EPCを使った治療は今後どのように進むとお考えですか。

浅原

EPCを用いた治療としては、まずはやはり血管の再生治療です。現在下肢虚血を対象とした臨床試験が進められていますが、それ以外にも、例えば毛細血管を再生させることで糖尿病の合併症である難治性潰瘍を治療することができると期待しています。

岡村

糖尿病の合併症を抑えることができれば、とても多くの患者さんを救うことができますね。

浅原

それだけではありません。先ほど述べたようにEPCには炎症を抑える働きがありますので、それを利用すれば様々な炎症性の疾患が治療できると考えています。例えば自己免疫疾患であるシェーグレン症候群や、癌の放射線治療の副作用として発症する放射線性唾液腺萎縮症などを対象疾患として考えています。
ほかにも移植治療時にEPCを併用することで、移植した組織の生着率が向上することも考えられます。EPCを使った再生医療は始まったばかりですので、今後、ここで挙げた疾患以外にも多くの疾患の治療に利用できると期待しています。

岡村

血管病以外にも多くの治療に利用できる可能性があるのですね。これからのEPCの再生医療の開発に私もとても期待しています。

予防医学への展開

浅原

治療への利用以外にも、EPCについて様々なことが分かってきました。その一つとして、私たちの体の中にあるEPCも加齢によってその能力が衰えることが分かりました。

岡村

EPCも老化するのですか?

浅原

はい。私たちの体は常に酸化によるストレスを受けていて、それが長年蓄積し、それぞれの細胞の能力が衰えた状態が老化です。例えば色素を作る細胞の能力が衰えると白髪になるのもその一例ですね。そしてそれはEPCも例外ではありません。EPCが老化し衰えると、増殖力や炎症抑制作用が低くなり、その結果血管が再生されにくくなります。EPCの衰えは血管系の様々な病気に影響します。例えばEPCの働きの強弱が心筋梗塞の予後に影響することが分かっています。

岡村

EPCの状態を調べることで、病気に対するリスクをあらかじめ知ることができるのですね。

浅原

はい。これを予防医学に応用できないかと考え、取り組んでいるところです。

未来の血管医療のビジョン

岡村

最後に、浅原先生が考えるこれからの血管医療のビジョンをお聞かせください。

浅原

これまでにお話ししてきたように、血管と健康は密接に関連しており、「血管の再生力」はそのまま「健康力」へとつながります。下肢虚血などの疾患に対して、培養によって増やしたEPCを投与することで血管の再生力を体に与えて治療するのが、現在進められている血管の再生医療です。私は次の取り組みとして、先ほど述べたようにこの血管の再生力を「未病」の段階から把握することで「予防医学」へと応用することを考えています。多くのデータを蓄積することでより正確に疾病リスクを予測することができるようになりますので、データを収集しながら、今後はデータベースの構築を目指しています。さらに将来的には、EPCと健康状態に関する情報のみでなく、すべての病気を対象として、健康な時のデータ,病気にかかった時のデータ,治療を受けた結果などの情報を備えた「健康データベース」の構築を構想しています。さらにこのデータベースを医療機関のみでなく一般の人にも利用できるようにすることで、みなさんがより健康に過ごせる社会の実現に貢献できると考えています。

岡村

浅原先生、ありがとうございました。今回お話を伺いまして、EPCが血管の再生だけではなく炎症の抑制の働きもあること、そしてその働きを利用して血管病以外の病気の治療を行える可能性があるとのこと、大変興味深く思いました。さらに、治療だけではなく予防医学につながること、そしてその先の健康データベースの構築は壮大な構想ですが、私たちの健康社会のためにも実現されることを期待しています。